2026年10月1日、改正労働施策総合推進法が施行され、カスタマーハラスメント(カスハラ)への対策が事業主の義務になりました。
これにあわせて、新潟県上越市の金融機関で県警が対応訓練を行ったと朝日新聞が報じています。
見出しに出てくるのは「義務化」と「県警の訓練」です。
一方で、厚生労働省の指針(案)は、クレームとカスハラの境目を書くことに多くの紙幅を使っています。
見出しになった部分と、ならなかった部分を原典で確認します。
何が報じられたか
朝日新聞の記事(Yahoo!ニュース配信、2026年10月9日)によると、訓練は2026年10月7日、日本政策金融公庫高田支店(新潟県上越市)で上越署が行いました。
客役の署員が「会社がつぶれたら責任とれるのか」と言って500万円の融資を迫り、大声を出して机をたたきます。
別の職員が非常通報装置で警察に知らせ、駆けつけた警察が対応を引き継ぐ、という想定です。
記事は、この訓練を10月の改正法施行と結びつけて報じています。
見出しの「10月から義務化」は法律の施行日と合っています。
厚生労働省のWebマガジン(2026年8月20日掲載)によると、改正法の公布は令和7年(2025年)6月、施行は令和8年(2026年)10月1日です。
原典に当たる
根拠となる法律は「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(令和7年法律第63号)です。
事業主が何をするべきかは、同法第33条第4項に基づく指針「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」が定めます。
富山労働局のページによると、指針は令和8年2月に公布されました。
ここでは、2025年12月10日の労働政策審議会 雇用環境・均等分科会(第88回)に出された指針案(資料3-4)の本文を読みました。
指針案は、カスハラを次の3つの要素をすべて満たすものと定めています。
- (1) 顧客・取引の相手方・施設の利用者など、事業に関係する人の言動であること
- (2) 業務の性質などに照らして、社会通念上許容される範囲を超えていること
- (3) 労働者の就業環境が害されること
そのうえで指針案は、「顧客等からの苦情の全てが」カスハラに当たるわけではないと明記しています。
社会通念上許容される範囲で行われたものは「正当な申入れ」であり、カスハラには当たりません。
障害のある人が合理的配慮を求めることもカスハラではないと書かれています。
範囲を超えるかどうかは、言動の目的、経緯、業種、頻度、労働者側の対応に問題がなかったかなどを総合的に考えて判断します。
事業主や労働者側の不適切な対応が原因になっている場合もある、とも書かれています。
事業主に求められる措置は、(1)方針の明確化と周知、(2)相談体制の整備、(3)起きた後の迅速で適切な対応、(4)特に悪質なものを抑止するための措置、(5)プライバシー保護と不利益な取扱いの禁止の周知、の5つです。
警察が出てくるのは主に(3)と(4)です。
「暴行、傷害、脅迫などの犯罪に該当し得る言動」は警察へ通報する、と例として挙げられています。
報道との差分
記事の見出し・訓練の内容と指針案の構成を並べると、次のようになります。
| 論点 |
指針案(2025年12月10日) |
朝日新聞の見出し・記事 |
| 義務の対象 |
事業主の雇用管理上の措置(5項目) |
「対策、義務化」と表現 |
| クレームとの境目 |
3要素で定義。 苦情の全てが該当するわけではないと明記 |
見出しにはない |
| 警察の役割 |
犯罪に該当し得る言動の通報先(例示の一部) |
見出しの中心(県警の訓練) |
| 想定場面 |
対面に加え、電話・SNS・メールも含む |
窓口での対面の威圧 |
訓練の想定(大声、机をたたく、500万円の融資を迫る)は、指針案の「威圧的な言動(大きな声をあげて労働者や周囲を威圧すること)」に当てはまります。
記事に書かれた事実と指針の内容は食い違っていません。
違いは選び方にあります。
指針案の大半を占める「どこからがカスハラか」という判断の話や、相談体制などの社内の措置は、見出しには入っていません。
見出しの「カスハラ対策、義務化」という書き方では、義務を負うのが誰なのかが分かりにくくなります。
指針案で措置を講じる義務があるのは事業主で、顧客側の行為そのものを新しく罰する作りではありません。
ただし、法律の条文全体を見て罰則を確認する作業はしていないため、ここでは指針案の書き方だけを示しています。
なぜそうなったか
理由として考えられるのは、資料と報道の形式の違いです。
指針は、全業種の事業主が自分の職場で判断するための基準です。
そのため定義、判断要素、例示、留意点が中心になります。
一方、地方面の記事は「その日、その場所で何があったか」を伝える形をとります。
県警の訓練は日時・場所・登場人物がはっきりしていて写真も撮れるため、記事にしやすい題材です。
境界の判断は「総合的に考慮する」としか書けず、出来事として記事にしにくい性質があります。
数字の扱いにも、似たような構造があります。
厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査」(令和5年度、厚生労働省委託事業、結果概要は2024年5月17日)の企業調査を見ます。
対象は全国の従業員30人以上の企業・団体で、2023年12月1日〜29日に実施され、有効回答は7,780件/発送25,000件です。
過去3年間に「顧客等からの著しい迷惑行為」の相談があった企業は27.9%で、令和2年度より8.4ポイント増えました。
一方、労働者調査(n=8,000)では、過去3年間に迷惑行為を受けた人は10.8%で、4.2ポイント減っています。
同じ報告の中で、企業が受けた相談は増え、労働者の経験は減っています。
この2つの数字は数えているものが違います。
前者は「相談が企業に届いた件数」、後者は「本人の経験」です。
相談窓口が整うと、前者だけが増えることもあり得ます。
「カスハラが増えた」と書くか「減った」と書くかは、どちらの数字を選ぶかで変わります。
資料からは、どちらの要因が大きいかは確認できません。
分からなかったこと
令和8年2月に公布された指針の確定版の本文は、今回取得できていません。
ここで引用した定義や例示は2025年12月10日の案に基づいており、確定版で文言が変わった可能性があります。
また、検索結果には告示番号を「令和8年厚生労働省告示第51号」とするものがありましたが、厚生労働省の原文では確認できなかったため、本文には書いていません。
他の報道機関がこの訓練をどう報じたかも確認していないため、各社の比較はしていません。
改正法本体の罰則規定も、条文での確認ができていません。
出典
- 厚生労働省 労働政策審議会 雇用環境・均等分科会(第88回)資料3-4「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)」2025年12月10日 https://www.mhlw.go.jp/content/11901000/001608225.pdf
- 厚生労働省 雇用環境・均等局 雇用機会均等課「職場のハラスメントに関する実態調査 結果概要(令和5年度厚生労働省委託事業)」2024年5月17日 https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001259093.pdf
- 厚生労働省 Webマガジン「従業員を守るために ― カスタマーハラスメント対策の新ルール」2026年8月20日 https://www.mhlw.go.jp/web_magazine/series/20260820.html
- 富山労働局「カスハラ対策・就活セクハラ対策に関する指針の公布について」 https://jsite.mhlw.go.jp/toyama-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/customerharassmentshishin_00001.html
- 厚生労働省「改正労働施策総合推進法等特設ページ」 https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/foundation/law-amendment/
- 朝日新聞「カスハラ対策、10月から義務化 新潟・上越の金融機関で県警が訓練」Yahoo!ニュース配信 2026年10月9日 https://news.yahoo.co.jp/articles/30c858cb7db4a2e29957142dc45103c6650a48b4
※本記事は報道・公開情報をもとに作成した速報であり、内容が後に更新・訂正される場合があります。
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