2026年10月13日、ロンドン自然史博物館(Natural History Museum, London)が主催する写真賞「Wildlife Photographer of the Year 2026」の総合大賞が発表されました。
選ばれたのは、死んだ子ゾウを運ぶメスのゾウの写真です。
日本では10月18日にハフポスト日本版の記事がdメニューニュースに配信されました。
その見出しには、審査委員長の言葉のうち「胸をえぐられるような衝撃」が使われています。
本記事では3つの資料を並べます。
主催者の発表文、日本語の報道、そしてゾウが死んだ仲間にどう反応するかを扱った研究です。
並べてみると、「ゾウは死を理解しているか」という問いの言い切り方が、資料によって違っていました。
何が報じられたか
ハフポスト日本版の記事は、2026年10月18日9時42分にdメニューニュースに配信されました。
記事によると、受賞作はイタリアの写真家フェデリコ・ベロネージ(Federico Veronesi)氏の「The Aftermath(その後)」です。
撮影地はナミビアで、干上がった川床に残る引きずった跡をたどった先で、メスのゾウが死んだ子ゾウを牙と鼻で運んでいる場面を撮っています。
記事では審査委員長の発言を和訳して載せています。
衝撃の大きさを述べたうえで、この写真は動物に認知能力があることを証明している、という趣旨です。
あわせて、ゾウが死んだ個体に対して鳴き声を上げる、遺体を守る、骨を調べるといった行動をとることも紹介しています。
それらの行動の意味については、研究者の2つの解釈を挙げています。
「死を理解する過程」という見方と、「悲しみ」という見方です。
原典に当たる
一次資料は、自然史博物館が2026年10月13日付で出したプレスリリース「Heartbreaking photograph of an elephant and deceased calf wins Wildlife Photographer of the Year 2026」です。
このリリースから確認できた事実は次のとおりです。
- 受賞者はイタリア人のFederico Veronesi氏。
作品名は「The Aftermath」で、撮影地はナミビアのフアブ川(Huab River)の谷です。
- 応募は121の国と地域から65,403点で、リリースはこれを過去最多(record-breaking)としています。
- 審査は国際的な専門家パネルが匿名で行いました。
審査委員長はKathy Moran氏です。
- 審査委員長の発言は2文です。
感情の面では「a gut punch」、知的な面では「proof that animals have cognition」と述べています。
- リリース本文の科学的な説明では、死にまつわる行動はアジアゾウとアフリカゾウの両方で観察されていると書かれています。
そのうえで、一部の研究者は「死を理解していく過程を示すかもしれない」と考え、別の研究者は「悲しみの表れかもしれない」と解釈している、という書き方です。
- ヤング部門の総合賞は、イギリス国籍でジンバブエ在住のOscar Whitfield氏(11〜14歳部門)の「Labour of Love」(フンコロガシ)です。
- 受賞作の展示は自然史博物館で行われ、会期は2026年10月16日から2027年7月11日までです。
応募数が本当に過去最多かを確かめるため、前年の発表文も見ました。
2025年大会の自然史博物館プレスリリースでは、応募は113の国と地域から60,636点でした。
2026年はこれより4,767点多く(約7.9%増)、国と地域も8つ増えています。
ただし、ここで数えているのは応募作品(entries)の点数です。
応募者の人数ではありません。
ゾウの死への反応については、体系的な文献レビューとしてGoldenberg氏とWittemyer氏の論文があります(Primates誌61巻1号、DOI: 10.1007/s10329-019–00766-5)。
このレビューは、野生ゾウが仲間の死体に出会った場面の観察記録を集めたものです。
12の出典から32件を集め、ケニアのサンブル国立保護区での観察も加えています。
最も多かった行動は、死体に近づく、触れる、調べるの3つでした。
こうした行動は、死んで間もない死体から日にさらされた骨まで、腐敗のどの段階でも見られています。
一方で著者らは、行動の根っこにある動機は知るのが難しく、状況や個体によって明らかに違うと述べています。
悲しみかどうかについては、結論を出していません。
報道との差分
| 項目 |
主催者リリース(10/13) |
ハフポスト日本版(10/18配信) |
| 見出しの中心 |
Heartbreaking(痛ましい)写真が受賞 |
「胸をえぐられるような衝撃」 |
| 審査委員長の2文 |
感情(gut punch)と知性(cognitionの証明)を並べる |
2文とも和訳して本文に掲載。 見出しは感情側の1文だけ |
| 研究者の解釈 |
「some researchers」と「others」で2つの見方を対比 |
「一部の研究者は」のあとに2つの見方を「また」でつなぐ |
| 応募数 |
65,403点・121の国と地域・過去最多 |
本文に記載。 見出しには無し |
| 研究の保留 |
リリースは「could」「possible」と仮定の言葉で書く |
「〜ではないか」で仮定の形は残している |
表から分かるのは、言い切りの強さの差が報道で生まれたのではないことです。
差はもともと一次資料の中にありました。
審査委員長は「proof(証明)」と言い切っています。
ところが同じリリースの科学的な説明は「could」で書かれています。
その根拠になっている研究分野のレビューは、動機は分からないと書いています。
ハフポスト日本版の記事は、審査委員長の言葉も研究者の仮定の書き方も、ほぼそのまま訳しています。
報道側で変わったのは2点です。
1つ目は、見出しに感情側の言葉だけが選ばれたことです。
2つ目は、研究者の解釈の書き方です。
リリースは「ある研究者はA、別の研究者はB」という対立として書いています。
日本語記事は「一部の研究者はAと指摘し、またBと分析している」と書いており、同じ研究者たちがAもBも唱えているようにも読めます。
なぜそうなったか
見出しに感情側の言葉が選ばれた理由は、資料の構造から2つ考えられます。
1つ目は、審査委員長の2文の性質の違いです。
「衝撃的だ」という感想は、話した本人の受け止めなので、それ以上の確認がいりません。
これに対して「動物に認知能力があることの証明」は科学的な主張です。
見出しに載せるなら、どの程度の証明なのかという但し書きが要ります。
見出しの短い字数では、確認のいらない方が収まりやすくなります。
2つ目は、写真賞の報道は写真そのものを見せる形式だという点です。
読者は見出しの次に写真を見ます。
そのため見出しには、写真を見たときの体験を先に伝える言葉が置かれやすくなります。
ただし、これは形式から考えた推測です。
ハフポスト日本版がどういう判断で見出しを決めたかは、資料からは確認できません。
研究者の解釈の書き方の変化は、英語の「some … while others …」を日本語にしたときに起きた可能性があります。
この英語は「一方で別の研究者は」という対比の構文です。
これを「また」で訳すと、対立が並列に変わります。
記事全体の内容が大きく変わるわけではありません。
それでも、「ゾウは死を理解しているのか、悲しんでいるのか」について研究者の間で見方が分かれている、という情報は読み取りにくくなります。
もう1つ押さえておきたいのは、「認知能力がある」と「死を理解している」は別の主張だということです。
レビューが記録しているのは、近づく、触れる、調べる、運ぶといった目に見える行動です。
これらの行動から何らかの認知処理が働いていることは言えても、死という概念を理解していることや、悲しみを感じていることまでは決まりません。
写真が示しているのは「運んでいる」という行動です。
その行動に意味を与えているのは、審査委員長の言葉と、研究者が出している複数の仮説のほうです。
分からなかったこと
ハフポスト日本版のサイトは直接取得できませんでした。
そのため、日本語報道の比較にはdメニューニュースの配信版を使っています。
元記事と配信版で見出しが違うかどうかは確かめていません。
ほかの日本語メディアの見出しは並べていないので、今回の選び方がこの1社だけのものかどうかも分かりません。
応募者の人数はリリースに書かれておらず、1人あたりの応募点数も出せませんでした。
海外の一部メディアは、この写真が哺乳類の行動部門でも受賞したと伝えています。
しかし今回読んだ範囲のリリース本文では確認できなかったため、本文には書いていません。
子ゾウの死因も、資料には記載がありませんでした。
出典
- Natural History Museum, London「Heartbreaking photograph of an elephant and deceased calf wins Wildlife Photographer of the Year 2026」2026年10月13日 https://www.nhm.ac.uk/press-office/press-releases/heartbreaking-photograph-of-an-elephant-and-deceased-calf-wins-wpy.html
- Natural History Museum, London「Ghostly shot of rare hyena in abandoned mining town wins Wildlife Photographer of the Year」2025年10月 https://www.nhm.ac.uk/press-office/Wildlife-Photographer-of-the-Year/Ghostly_shot_of_rare_hyena_in_abandoned_mining_town_wins_Wildlife.html
- Goldenberg, S. Z. & Wittemyer, G.「Elephant behavior toward the dead: A review and insights from field observations」Primates 61(1) DOI: 10.1007/s10329-019–00766-5 https://doi.org/10.1007/s10329-019–00766-5
- ScienceDaily「Researchers study elephants’ unique interactions with their dead」2020年2月6日 https://www.sciencedaily.com/releases/2020/02/200206184332.htm
- ハフポスト日本版(dメニューニュース配信)「死んだ子ゾウを運ぶメスのゾウ。
…」2026年10月18日 https://topics.smt.docomo.ne.jp/article/huffingtonpost/world/huffingtonpost-6ad1bdcae4b0bfd256578471
※本記事は報道・公開情報をもとに作成した速報であり、内容が後に更新・訂正される場合があります。
最新かつ正確な情報は、一次情報や公式発表をご確認ください。
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