メキシコ下院がLey del Impuesto sobre la Renta(所得税法、以下LISR)の改正案を可決し、上院に送りました。
現地の新聞はこれを「大企業の控除と欠損金に上限」とまとめています。
上限がどのような計算で決まるのかを確かめるため、財務省(SHCP)が9月8日に出した法案の原文に当たりました。
すると、見出しの言葉だけでは伝わらない数字がいくつか見つかりました。
何が報じられたか
Sociedad Noticiasは、2026年10月15日(木)付の「Síntesis de información legislativa」でその日の各紙の議会記事をまとめました。
LISR改正の扱いはおおむね次のとおりです。
- El Economista(8面):見出しは下院可決と「va al Senado」(上院へ)
- La Razón(3面):認められた控除と「pérdidas fiscales」(過去の赤字の繰越分)に上限を設ける改正と説明
- Excélsior(5面):年間収入5,000万ペソ超の企業について、控除が減り「carga fiscal」(税の負担)が増すと書いた
- Reforma(2面)とInfobae:税の滞納を整理する制度(programa de regularización)の3億ペソの上限がなくなったと報じた
賛成票と反対票の数を載せた新聞もあります。
ただ、下院の公式な投票記録を取れなかったため、この記事では票数を書きません。
原典に当たる
原資料はSHCPの「Iniciativa con Proyecto de Decreto por el que se reforman, adicionan y derogan diversas disposiciones de la Ley del Impuesto sobre la Renta」です。
2027年度の予算・税制をまとめた「Paquete Económico」の一部として2026年9月8日に議会へ出され、PDFは226ページあります。
ここで調べたのは政府案の文面です。
下院で修正された後の確定した文面ではありません。
柱は、第2編に新しく加える第10章「控除と欠損金を管理する仕組み」(78-A条から78-F条)です。
対象(78-A条):メキシコ国内の法人のうち、課税対象となる収入(ingresos acumulables)が5,000万ペソを超え、しかも課税所得(utilidad fiscal)が出ている企業です。
控除の上限(78-B条):二つの場合に分けて決めます。
- 控除の合計が収入×0.9667以下のとき:控除できるのは控除合計×0.9900まで
- 控除の合計が収入×0.9667を超えるとき:控除できるのは収入×0.9667まで
上限を超えて使えなかった控除は消えません。
その後の20年度にわたって差し引けます。
ただしこの権利は会社を合併・分割しても引き継げず、第57条の「欠損金」にも当たらないと定めています。
欠損金の上限(78-C条):過去の赤字を差し引けるのは、控除の上限を当てはめた後の課税所得×0.5000までです。
年度の途中に払う予定納税(78-D条)にも、同じ50%の上限がかかります。
対象外(78-E条):Coordinados(運送業の特別な課税方式)の企業、農林水産業の課税方式の企業、一部の加工受託(maquila)、破産した企業、税務登録(RFC)から5年未満の企業などです。
改正の理由として、法案の説明部分は税務当局のデータを載せています。
2026年に、2025年度分の確定申告を一般の法人課税方式で出した企業は73万7千社でした。
このうち収入があると申告したのは52万4千社です。
その60.7%にあたる31万8千社はISR(所得税)を払っていません。
さらにその70.3%、22万3千社は控除が収入と同じか上回ったため、税額が出ていませんでした。
残りの企業は主に過去の赤字を差し引いたことが理由とされています。
報道との差分
| 論点 |
報道の言い方 |
原典の文面 |
| 控除の上限 |
控除と欠損金に「上限」 |
控除が収入の96.67%以下の企業では控除合計×0.99。 使えなかった分は20年度にわたって繰り越せる |
| 負担 |
控除が減り負担が増す |
説明部分は「今の法律で計算した税額をそのまま認め、控除を上限で揃えるだけ」と書く |
| 対象 |
収入5,000万ペソ超の企業 |
5,000万ペソ超で、課税所得が出ていること。 業種と設立年数による対象外がある |
| 3億ペソの上限 |
LISR改正と同じ日に報道 |
政府系の研究機関INDETECの解説では、この上限はLey de Ingresos 2027案の第21経過規定にある |
| 払っていない企業の数 |
La Razón(9月8日)は「220 mil」と見出しに |
原典は22万3千社。 母数は収入を申告した52万4千社 |
原典の式に仮の数字を入れてみます(この記事の試算です)。
収入1億ペソ、控除9,000万ペソの企業なら、控除できるのは8,910万ペソです。
課税所得は1,000万ペソから1,090万ペソに増えます。
控除が9,800万ペソの企業なら、控除の上限は9,667万ペソです。
課税所得は200万ペソから333万ペソに増えます。
控除の比率が高い企業ほど、課税所得の増え方が大きくなります。
なぜそうなったか
一つ目は紙面の字数です。
係数が二つの場合に分かれる仕組みは、見出しでは「上限」の一語になります。
その結果、控除の多い企業ほど影響が大きいことや、使えなかった控除を20年度にわたって繰り越せることが見出しから消えました。
二つ目は可決のタイミングです。
10月15日付の各紙は、同じ時期に審議された複数の税制案件をまとめて伝えました。
Ley de Ingresos(歳入法)とLISRは別の法案です。
それでも「税制改正の日」として一緒に報じられたため、3億ペソの上限の話がLISRと同じ流れで読める紙面になりました。
三つ目は、法案の説明部分の数字がそのまま見出しに使われたことです。
22万3千社は「控除が収入と同じか上回った企業」の数です。
偽の請求書を使った企業の数ではありません。
説明部分は偽の請求書や攻撃的な節税を背景として挙げますが、22万3千社のうちどれだけがそれに当たるかは示していません。
しかも新しい上限が直接かかるのは収入5,000万ペソ超の企業だけです。
22万3千社のうち何社がこの基準を超えるかは、原典に書かれていません。
なお、各紙がこうした書き方を意図して選んだかどうかは、資料からは確認できません。
分からなかったこと
下院の公式サイトにつながらず、本会議の投票記録と修正後の文面を取れませんでした。
票数と、政府案から何が変わったかは確認できていません。
78-A条の「課税所得が出ている企業」という条件の読み方も残ります。
控除が収入以上で、今の計算では課税所得がゼロの企業に第10章がかかるのかどうかは、条文と説明部分だけでは判断できませんでした。
5,000万ペソ超の企業の数と、この改正で見込む税収の増加額も、原典には見当たりませんでした。
出典
- SHCP「Iniciativa con Proyecto de Decreto por el que se reforman, adicionan y derogan diversas disposiciones de la Ley del Impuesto sobre la Renta y se expiden disposiciones de vigencia transitoria」2026年9月8日提出 https://www.ppef.hacienda.gob.mx/work/models/PP3F2709/PPEF2027/yik327fP/paquete/ingresos/LISR_2027.pdf
- INDETEC「Paquete Económico 2027 compendio」(LISRの解説は34-40頁、Ley de Ingresos 2027案の解説は21-22頁) https://www.indetec.gob.mx/modulos/Paquete_Economico_2027_compendio_INDETEC.pdf
- Sociedad Noticias「Síntesis de información legislativa|Jueves 15 de octubre de 2026」2026年10月15日 https://sociedad-noticias.com/2026/10/15/sintesis-de-informacion-legislativa-jueves-15-de-octubre-de-2026/
- La Razón「Hacienda va contra factureras; 220 mil empresas no pagan ISR al SAT」2026年9月8日 https://www.razon.com.mx/negocios/2026/09/08/hacienda-va-contra-factureras-220-mil-empresas-no-pagan-isr-al-sat/
※本記事は報道・公開情報をもとに作成した速報であり、内容が後に更新・訂正される場合があります。
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