2026年9月24日、木原稔官房長官は記者会見で、国連憲章の「旧敵国条項」について「加盟国は過去の総会決議を尊重すべきだ」と述べました。日本は1995年と2005年の国連総会決議を根拠にしています。中国外交部は同じ条項を「今日でも重要な現実的意義を持つ」と主張しました。両者の言い分は、どちらも原資料と矛盾しません。この記事では、決議の文言と憲章の条文を並べ、見出しがどちらを取り上げたかを確かめます。
何が報じられたか
ロイター(東京発・2026年9月24日)によると、木原官房長官は24日午前の会見で次の点を説明しました。高市早苗首相は22日の国連総会一般討論演説で、旧敵国条項の早急な削除を訴えました。1995年の国連総会では、この条項が死文化しているとの認識を示す決議が「圧倒的多数」で採択されています。2005年の国連首脳会合でも、憲章から敵国への言及を削除するという全加盟国首脳の決意を示す決議が「コンセンサス」で採択されました。官房長官は、首相演説を安保理改革と合わせた従来の政府発信の一環と位置づけています。
前日の9月23日には、中国外交部の郭嘉昆報道官が定例会見で首相演説について問われ、次の趣旨を述べています。敵国条項はファシズムや軍国主義の再来を防ぐための重要な制度的取り決めであり、今日でも重要な現実的意義を持つ。報道官は、日本の防衛力強化を「再軍事化」とも批判しました。
原典に当たる
国連公式サイトに掲載されている憲章全文では、旧敵国条項とされる3つの条文が今も残っています。
- 第53条:地域的取極による強制行動には安保理の許可が必要とする一方、「敵国」に対する措置はその例外とする規定です。同条2項は、敵国を「第二次世界大戦中にこの憲章のいずれかの署名国の敵国であった国」と定義しています。
- 第77条1項(b):第二次世界大戦の結果として敵国から分離される地域を、信託統治の対象に含める規定です。
- 第107条:大戦の結果として責任を負う政府がとった行動や許可した行動を、憲章は無効にしないとする規定です。
1995年の決議はA/RES/50/52で、採択日は1995年12月11日です。前文では、世界の大きな変化を踏まえ、第53条・第77条・第107条の敵国条項は「obsolete(時代遅れ)になった」と認めています。主文3項では、第108条の改正手続きを開始して、将来に向かってこの条項を削除する「意図」を、「今後の最も早い適当な会期に」行うものとして表明しました。国連のプレスリリース(GA/9031)が記録した採決結果は、賛成155・反対0・棄権3です。棄権したのはキューバ、北朝鮮、リビアでした。
2005年の文書は、首脳会合成果文書を採択したA/RES/60/1です。2005年9月16日の第8回本会議で採択されました。第177項は決議50/52に触れたうえで、第53条・第77条・第107条から「敵国」への言及を削除することを「決意する(resolve)」と書いています。
憲章の改正には第108条の手続きが必要です。まず総会の構成国の3分の2が賛成で採択し、次に加盟国の3分の2が各国の憲法上の手続きに従って批准しなければなりません。この3分の2には、安保理常任理事国の全5か国が含まれている必要があります。また第10条は、総会の権限を加盟国や安保理への「勧告」と定めています。1995年の「意図」も2005年の「決意」も改正そのものではないため、条文は書き換わっていません。
報道との差分
| 項目 |
原資料 |
報道 |
| 1995年決議の評価 |
obsolete(時代遅れ)になったと認める |
ロイター:「死文化」 |
| 1995年の採決 |
賛成155・反対0・棄権3 |
ロイター:「圧倒的多数」(数字なし) |
| 1995年の行動 |
改正手続きを始める「意図」を表明 |
ロイター:認識を示す決議(意図の部分は書かれていない) |
| 2005年の行動 |
削除を「決意」(第177項) |
ロイター:全加盟国首脳の決意(原資料と一致) |
| 条文の現状 |
3条文とも憲章に残っている |
ロイター本文に記述なし |
見出しも比べます。ロイターは官房長官の発言から「加盟国は過去の総会決議尊重を」を取り上げました。ブルームバーグ(9月22日付)の見出しは「削除を国連演説で主張-中国に反論」で、対立の構図を前に出しています。日本経済新聞(9月24日付)は「政府発信の一環」を取り上げ、本文では同じ会見でのウクライナ関連の質疑も伝えました。
なぜそうなったか
日中の主張がすれ違う理由は、資料の構造から説明できます。日本が根拠にしているのは、総会が示した「評価」と「決意」です。中国が根拠にしているのは、いま効力を持つ憲章の「条文」です。第108条の改正手続きが完了していない以上、両方の記述が同時に成り立ちます。
1995年から何年経っても改正が完了していない点も、この条項だけの事情ではありません。A/RES/60/1の第176項は、活動を終えた信託統治理事会について、憲章第13章などを削除すべきだとしています。しかし国連公式サイトの憲章全文には、第13章「信託統治理事会」が今も載っています。総会が削除の方向を示しても、改正手続きを経ない限り条文は残る。この構造は、敵国条項に限ったものではないと資料から読み取れます。
報道の差は、会見の短い要約という形式から生じたと考えられます。ロイターの記事は官房長官の発言を順に要約する形で、条文が残っているかどうかや第108条の要件は、発言に含まれていないため書かれていません。「死文化」は日本政府の説明で使われてきた言い方とみられますが、原資料の単語はobsoleteです。法的効力を失ったと宣言した文言ではありません。ブルームバーグの見出しが中国との対立を前面に出したのは、演説の前から中国側の発言があったためと推測されます。ただし有料記事のため本文は確認できていません。
分からなかったこと
首相演説の全文は外務省のページにアクセスが拒否され、取得できませんでした。演説の文言は、ロイターの要約に基づいています。A/RES/60/1が投票なしで採択されたかどうかは、決議文書の本文からは確認できませんでした。官房長官の言う「コンセンサス」は、国連の会議記録で照合できていません。中国外交部が9月2日にも同じ条項に言及したとする二次情報がありますが、原典ページの取得に失敗したため、本文では扱っていません。ブルームバーグの記事は見出しのみを参照しています。
出典
- 国際連合「Charter of the United Nations」全文(第10条・第53条・第77条・第86条・第107条・第108条) https://www.un.org/en/about-us/un-charter/full-text
- 国連総会決議A/RES/50/52(1995年12月11日採択) https://docs.un.org/en/A/RES/50/52
- 国連プレスリリースGA/9031(1995年12月11日・採決記録) https://press.un.org/en/1995/19951211.ga9031.html
- 国連総会決議A/RES/60/1「2005 World Summit Outcome」(2005年9月16日採択・第176項・第177項) https://docs.un.org/en/A/RES/60/1
- 中国外交部 定例記者会見(2026年9月23日・郭嘉昆報道官) https://www.mfa.gov.cn/fyrbt_673021/202609/t20260923_12029529.shtml
- ロイター「国連憲章の『旧敵国条項』、加盟国は過去の総会決議尊重を=官房長官」(2026年9月24日) https://www.reuters.com/jp/markets/japan/ZKXK4EZNQBNP3KO4KX6OKOATYI-2026-09-24/ (転載:https://www.newsweekjapan.jp/articles/-/334933)
- 日本経済新聞「官房長官、旧敵国条項の削除提唱『政府発信の一環』」(2026年9月24日) https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA242950U6A920C2000000/
- ブルームバーグ「高市首相、『旧敵国条項』の削除を国連演説で主張-中国に反論」(2026年9月22日・見出しのみ参照) https://www.bloomberg.com/jp/news/articles/2026-09-22/TLRRIHT9NJMK00
※本記事は報道・公開情報をもとに作成した速報であり、内容が後に更新・訂正される場合があります。
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